「いっちご♪いっちご♪」
テーブルに座った名雪のおかしな歌を聞きながら俺は似合わないエプロン(当然
秋子さんのだ)を身につけて台所に立っていた。
目の前には電動泡立て器で攪拌された生クリームがボウルの中に鎮座ましましている。
ちょっと視線を脇に逸らせば、同じくボウルの中に入ったヨーグルトと袋に入ったままの
コーンフレーク。
そして名雪の喜びを一手に引きつけて止まないパック入りのいちごが二パック。

別に事の始まりは大した事では無い。秋子さんが所用で出かけた日曜日、ふと思いつきで
「日頃から世話になってる事だし、暇潰しも兼ねて一丁名雪の喜びそうな菓子でも作って
やるか」と思いついたのが発端だった。
名雪の喜びそうなお菓子と言ったら当然いちご。
それ以外にない。
まあ、寝てもいちご、醒めてもいちご、でなければ猫。
名雪はそんな奴だから、聞くまでもなく分かっていた。

「あれ?どうしたの祐一、エプロンなんか付けて」
「名雪」
「え?」
「何かリクエストはあるか?」
「えっ、リクエストって、何?」
「…この姿を見て気付かないか?」
ぽん。(手のひらを打つ音)
「そっか、今日の晩御飯は祐一が作ってくれるんだね」
「…どこの世界に昼の二時から晩御飯を作る奴がいる」
「えっ、違った?」
「違うわい」

「暇だから菓子のひとつでも作ろうと思ったんだ」
「えっ、祐一ってお菓子作れるの?」
「まあ、簡単な奴だけどな」
「…でも祐一、カップ焼きそばのお湯を捨てずにソースを入れたことがあるって…」
「それはそれ、これはこれ」
「…不安だよ〜」
「なんて、実は高一の頃喫茶店でバイトしてた事があるんだ」
「えっ、そうなの?」
「そうそう、ま、ここは一発この祐一さんにどーんとまかしとけ!泥船に乗った
気分を保証するぜ?」
「泥船はいやだよ〜」
「…冗談だ…で、それはともかく、なにか食べたいお菓子とか無いか?…まあ、
そう複雑な奴は流石に無理だが」

…で、リクエストされた内容は「いちごが入っていれば何でもいい」
まあ、その答えが返ってくる事は予想できたんだけどな。
そもそも、このパック入りのいちごを冷蔵庫で見つけたからこそこんな事を
思いついたんだが、それは言うまい。
で、手っ取り早く作れてなおかつ、名雪が喜びそうなお菓子、と言うところで
思いついたのがこれ。
戸棚の置くから引っぱり出した小さめのパフェ皿(なぜこんな物があるんだ水瀬家?)
にコーンフレークを入れ、砂糖控えめのヨーグルトを注いでその上にいちごジャム
(ブランデーで溶いて柔らかくして置く)を入れる。
その上に半分に切ったいちごを並べて、さらにヨーグルトを注いで生クリームといちご
を盛りつけ、即席ながらいちごパフェの完成。
バイトでは皿洗いのポジションだったんだが、見よう見まねとは言え我ながら改心の作だ。

「そら、出来たぞ名雪」
出来上がったいちごパフェをテーブルに持っていくなり名雪の顔がぱあっと輝く。
「わあ♪」
並べた側から食いつくかと思ったらなにやら興味深そうにじいっと目の前の
パフェを見つめている。
「ねえ、これ本当に祐一が作ったの?」
「当然だ」
「………」
「…なんだ、そんなに不味そうか?自分じゃ結構いい出来だと思ったんだが…」
「う、ううん!(ぶんぶん)そんなことないよ、ただ…以外だなー、って…」
「…まあ、いいけどさ。…さて、食うかね。」
「あ、うん。…それじゃ、いただきまーす」

自分で言うのも何だが、やはり我ながらいい物を作った、と胸を張って言える味
だった。
生クリームが少し甘すぎるような気もしたが名雪は一向に気にした様子もなく、
ぱくぱく食べてはふとスプーンを持つ手を休めて幸せそうな溜息を吐いていた。
俺自身は甘い物は好きでは無いんだが、それでもこれだけ喜んで貰えれば作った
甲斐もあったと言う物だ。
そして名雪がカップの上のパフェを全て平らげたとき、俺の皿にはまだ半分以上の
パフェが残っていた。

「ごちそうさまー♪」
「おそまつさまでした」
詳しい感想を聞いみたい気もするが、それもとりあえず目の前の皿を綺麗に
してからの話だろう。
……しかし、どうもスプーンが進まない。
一口味見してみただけでは分からなかったが、どうも生クリームだけではなく、
ヨーグルトにも砂糖を入れすぎた様に感じる。
名雪は本当に何も感じなかったのか?
………むぅ。
崩れかけた生クリームをスプーンの先でつんつんつついていると、名雪が声を
掛けてきた。
「どうしたの祐一?食べないの?」
「んー…なんか砂糖を入れすぎた気がする」
「え、そんなことないよ。とっても美味しかったよ?」
…まあ、女の子は甘い物が好きというが、生憎俺はそうじゃないからなあ。
さてこそ、どうした物やら…やはり、名雪にやるか。
「…名雪、お前食うか?」
「え、いいよ、祐一が食べなよ」
「お前もっと食べたいんじゃないのか?なんかそんな顔してるぞ」
「えっ、そんなことないよ」
…ありゃ、意外な。
自他共に認めるいちご党の名雪のことだ、いちごパフェならたとい残り物
でも引ったくるように手にとって飢えた子供のように食べ始めるかと思った
のに。
「…祐一、何か失礼なこと考えてない?」
「…おまえは超能力者か」

「本当にいらんのか?俺は別に元々甘い物は好きじゃないし…」
「ううん、いいんだよ、それに…」
そう言うと名雪は頬を染めて俯いた。
「せっかく祐一が作ってくれたんだもん、私だけじゃなく、祐一にも同じ物を
食べて欲しいよ…」
………
恥ずい。
こっちまで何を言っていいか分からなくなるじゃないか。
気が付くとお互いに顔を真っ赤にしてテーブルの上を見つめている状態だった。

…よし。
「名雪」
スプーンの上にすくい上げたいちごを乗っけて。
「せめて一口でいいから食ってくれないか?」
「え?うん、それならいいよ」
名雪の顔は心なしかまだ少し赤い。
スプーンを手に取る名雪を制止して、
「あーんしてくれ」
「…えっ?」
一瞬面くらい、すぐに俺が言ったことの意味を悟ったのかさらに顔を赤くして
狼狽える名雪。
「えっ?えっ?あ、あーんって、それって、その…」
「いいからあーんしろ」
恥ずかしそうに戸惑っていた名雪もやがて覚悟を決めたのか、口を小さく開けて
(流石に彼氏の目の前で大口は開けんだろうが)あーん、の体制を取った。

ぱくっ。

と、スプーンを自分の口に運んでほおばったいちごを咀嚼する。
「え?」
と、名雪が呆気にとられた表情をする。
俺は即座に椅子から立ち上がり、テーブルの向こうにいる名雪の側まで近づくなり、
そのピンク色の唇を奪った。
「!んっ…」
合わせた唇を舌でこじ開け、反射的に閉じた名雪の歯茎を舐める。
一瞬硬直した名雪の体から力が抜け、俺の舌が名雪の口内に受け入れられる。
甘い。
想像した通り、名雪の舌には甘酸っぱいいちごの味が残っていた。
名雪も自分の舌を俺の舌に絡み付かせ、鼻にかかったような声を漏らしながら
甘い唾液に粘つく舌を動かしてくる。
片手で名雪の方を、もう片方の手で後頭部を掴んで唇を押しつけ、ぴちゃぴちゃと
音を立てながら名雪の舌を貪る。
薄目を空けてみると、顔までいちごのような赤に染めた名雪の閉じられた瞼が
舌の動きに合わせてぴくぴくと震えているのが見えた。
「んっ……むっう………ふ…っ」
長い時間かそれともほんの一瞬か。
お互いの唇を貪り尽くした俺達はどちらからともなく顔を離した。
「はあっ………」
名雪の表情はぽーっと上気して、うっとりとした視線はまるでどこか遠くを
見ているようにも思える。
「ゆーいちぃ…」
夢見るような調子で言って、俺の胸板に顔を預けてくる名雪。
「…いちご味のキスをしてみたかったんだ」
名雪がどんな表情をしているかは見なくても判った。
「……ばか…」
俺の首に回された名雪の両腕に力がこもるのを感じ、俺も名雪の細い腰を
抱きしめ返した。


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